オレンジと青


PCを開くのも億劫なほど、なんだか今週は何もしたくない。

それは先週末、土日続けて外に出たからかもしれない。


2ヶ月程度、ほぼ近所のコンビニかスーパー以外に出かけない生活をしていたが、

体力がここまで落ちるのかと自分でもびっくりしている。



日曜日は、頼まれ仕事で写真を撮りに地元へ向かった。

心配していたよりも元気だなと安心していたが、帰りの電車はもうヘトヘトだった。


思いのほか人は電車に乗っているし、地元の街は元々昼間より夜の方が賑わうのでそう変わらない光景だった。

馴染みの店に顔でも出して帰るかなどと考えていたことも忘れて、駅の近くまで車で送ってもらい、ふらふらと電車へ乗り込んだ。


車から駅に向かう途中の横断歩道で、高校生か大学生か、とにかくそんな感じのメンズが

すれ違いざまに「仙人じゃん」と笑っていた。



髪は緑だし、服は上下紫だ。随分と派手な仙人もいるものだ。

何故かその言葉に私は地元だなあと治安の悪さというか、しみじみ感じるものがあった。



今日は何が書きたいかって言えば、とにかくその日の疲れが抜けないという話。

月曜日は首から腕までが痛くてロキソニンテープを3枚貼った。


今日は早起きをしたせいか、ずっと眠い。

ただ、ここで寝てしまったら私は今日という貴重な時間を何の生産性もないまま終えてしまう。

それはあまりにももったいない。



だけどペンタブは持ちたくないらしい。

紙とペンも当然。

得意の考え事は流石に身体の疲れにつられて停止気味。

これでは当然本も読めないわけで、詰んでいる。



何もしたくないし、何も考えたくない私が完成した。



停止しかけている頭の中にも、ちらりちらりと議題が浮かぶが

頭の中でも目が滑って読めない。



午後15時〜18時くらいまでの、ちょうど良いオレンジの日差しと

微妙に肌寒さのある、乾燥した青い空とかをどこかのベンチでぼーっと眺めていたい。



個展のことは、多分週末の私が考えてくれるはずだ。

もう考えてもどうにもならないのだけれど、ただありのままの現実を見て受け入れるほか無いとは知りつつも。

どうしたら良いものかと考えるのだろうと思う。


深いとか浅いとかいう話はめんどくさい。

私はその議論に巻き込まれるなら浅はかでいいと思ってしまう。



無敵だった子供の頃のように、傍若無人な私にもう一度なってみたい。

なったらなったでお縄ものだが、あの頃の感覚は確実に失われている。




そういえばちらっと見かけたnoteの記事で、アートは自由だが責任が伴うとか書いてる人がいた。

「責任」という文字は20回くらい出てきたが、どこにも「責任」が何なのかは書かれていなかった。


「責任」というのはものすごく曖昧なのに強い拘束力を持っていて。

大人になるにつれて何だか大きく重くなっていくものなんだと思う。


友人が社会に向いてないと言っていた。

きっとそうだろうと思った。私もそうだなと勝手に共感した。

現在未来過去の関係性全てに「責任」を持つことは出来ないのに、いろんな日のことを思い出したり

誰かに何かしてしまわないかを考えたり、怯えたり


よく分からない責任という言葉や何かに疲弊している。

古い交友関係が気楽なのは、責任が伴わなかった頃の共通した話題があって。

これはいつ話しても心地よいからなのかもしれない。



世界を救うのは温泉とうまい飯といい景色とほどほどの酒。

個展を終えたら、絶対に温泉に行こう。





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