緩い結論


なんとなくこれからの自分が見えた感じがしてきたので緩く活動?を再開し始めている。


私にとって活動とはアーティストとして何かを考えたり作ろうとすることだと思っているので

その考えたりこういうの作りたいとか、この人の作品良いなーとかそういうレベルも活動かなって思ってます。


停止していたのは1ヶ月そこらですけど、私にとって毎日毎日頭の中はアーティストとしてのことでいっぱいだったので

それを1ヶ月くらいやめるというのは結構大きなことでした。



戻ってくる気と最初に言ってたものの、途中でやっぱ全部リセットでいいかなとか考えたんですけど

このサイトを潰すのも面倒だしドメインもったいないしな〜とか。


新しく何かすることにかかる労力を考えて続投としました。

まだ細かいことを気にするほどの身分じゃないので、ゆる〜く行こうかなって




で、これからのお前はなんなのか。

っていう話です。


コンセプチュアルにずっと固執してきましたが、疲れてしまったのです。

知りたいという欲求そのものが朽ちたわけではないんですが、そこに執着し過ぎている自分を認識したらなんとも虚しく見えたというか。

あまりにも無謀なことをしていた気がして脱力しました。


無明長夜というアーティスト名は、どちらかといえば私が作るべきそのものであると思いました。

尽きることがない煩悩をただただ面白おかしく表現しているくらいでいいのかなとか。


人に勧められたものって、8割くらいの人は100%受け入れないと思うんですよね。

つまり誰かに勧めたいものを作るようになってたんだと思います。



もっと内向きに生きていないと、表現活動していくのが辛くなってしまうと理解しました。

表現をやめるという結論は至りませんでした。多分これからも。


煩悩に塗れた私を、私は受け入れてあげて

溢れてくる煩悩そのものをダラダラと表現していこうと思います。



そう考えると無明長夜という名前もなんだかいらなくて何者でもなくていい気がしてるんですが。

呼び名変えると色々影響が出るんで短くして「長夜」としました。


それでもまだ違和感が残るので、気が向いたら変えちゃうかも知れません。

概念的な名前でいいんですよね。


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